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アポロンの呪い

カサンドラ症候群になってしまったみたいです。

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勿論、子供を返して貰おうと努力はしました。

しかし、何を云っても聞き入れないし、酷い時には暴れるのでどうしていいか解りませんでした。

そうこうしているうちに、子供はすっかり“ババアのウチの子”になってしまいました。

躾の為に叱っていると、ババアと、ババアと同居しているハゲの弟が飛んできて
「何をイジメているんだ!」と騒ぎたてます。
もう、この子は私の子じゃない。ヨソの子だと思おう。

そう決めました。

かなりはしょって書いてありますので、もしかして、読んでる方は
“この人、そんな事で諦めるなんて母親失格だな”
と思っているかもしれませんね。

でも、多勢に無勢です。
しかも相手は頭がオカシイ割りに近所に顔が利くんです。

騒ぐだけ私の評判は落ちていきます。

私の味方だと思っていたハゲも、事ある毎に
「子供を取られたのはお前のせいだ」と責めるようになりました。


そして、この事とは全く無関係だと思っていた
以前記事にした雪道恐怖症が酷くなりだしたのもこの頃からでした。


ハゲが
私の話を聞かない
会話が噛み合わない


などは結婚当初からありましたが、いわゆる、“釣った魚にエサをやらない”タイプの人なんだろう?
と思っていました。

悩み事を云っても
私に対してのアドバイスと云うよりは、その悩み事をネタにした
お前(私)が悪いと云った意味の無駄に長い大演説をドヤ顔をしながらするので、何か相談したり話し合ったりするのは避けていました。

(悩み事が解決しないどころか腹が立つので)

そんな時、何をしていた時だかもう忘れましたが、
ハゲがふと

「(結婚)するのは
誰でも良かった


と云ったのです。

怒りと悲しさと虚しさが混沌となり、滅茶苦茶にハゲをなじりました。

誰でも良かったんなら、何故私だったの?

こんな苦労をさせられて、結局はそれ?

“結婚出来なきゃ死ぬ”って云うのは何だったの?


でもハゲは自分が大変な事を云ってしまったというのに当たり前だとでもいうような様子で、私がショックでパニックを起こしているのを不思議そうに見ているだけでした。

結果私は自分の中で


ハゲは結婚しているというステイタスが欲しかっただけ。

それにたまたま私がひっかかった

結婚してみて(私を)気に入らなかったので人格や性格を無視している


と、この事を整理しました。
ハゲがアスペルガー症候群だとわかるまで、数年間、この考えはずっと変わりませんでした。

※つづく









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前の旦那と離婚して3年くらい経った頃だと思います。

ハゲと出逢いました。

その頃私は34歳で、娘のみっくは14歳でした。

当時私は結婚なんてもううんざりと考えていたんですが、
ハゲは
結婚を想定した話ばかりして
(私と)結婚出来なきゃ死ぬとまで言い出すので

“この人よっぽど私の事好きなんだな”

錯覚してしまいました。

ハゲの母親(アスペババア)がオカシイと言う話はその頃から聞いていました。
だから、当然、実家とは離れた所に住むものと思ったのですが、なんとハゲはなんと実家のすぐ近くの家を買いました。
(中古)

近くどころか、実家と新居の間は距離はあるんですが、畑しか無いため障害物が何も無い。

なので実家からは丸見えです。

案の定、アスペババアは
洗濯ものがどうのこうのだの
何処へ出掛けてたんだ?だの
こちらを監視して気に入らない事があるとすぐに文句を云ってきました。
また、何故か
私の事を著しく誤解している発言が目立ちましたが、
それは嫁イビリの為のネタを捏造しているんだろう。
そうまでして嫁イビリしたいなんて全く暇なババアだ。

と、特に気にせずにいましたし、私も無駄に気が強かったので
文句を云われる度に言い返していました。
みっくまで苛めるので黙っていられませんでしたから。

それに、ババアが文句を云って来ても、ハゲは黙ってしまって何もしませんし、
何もしない癖に
「もう精神的に限界だ」などとババアの猛攻に参っていました。

普通、嫁イビリというのは嫁だけ苛めるものですが、何故このババアは自分の息子まで苛めるのだろう?
と理解に苦しみました。

まあ、私は
学校でイジメに遭ったり
母親が亡くなったあと引き取られた家でイジメに遭ったり、
前の結婚では小姑達にイジメに遭ったり

と、イジメ慣れててすっかり性格がひねくれた揚げ句に無駄に精神的に強くなっていたので、
ババアが寝たきりになったら百倍返ししてやろう
等と、呑気に思っていました。

その頃はババアの異常さに気を取られて

ハゲの異常さには気がついていませんでした。

まあ、なんかもうメンタル弱い人だな~位にしか思っていなかったのです。

とは言え私自身もストレスになっていたのは事実です。

しかもその頃すでにハゲの子を妊娠してたので、つわりとババアで辛かったし、
余程生活が苦しいのか「妊娠した」と言ったのにも関わらず警備員(妊婦がやる仕事ではありません。危険ですから)やらされて、体はボロボロでした。
なので、
「このお腹の子はかわいそうだけど、途中で流産するだろう」
と思っていたのですが、そんな予想に反して流産せず産まれてきました。
しかし、産まれて来た子(座敷わらし)と暮らせたのは、彼女が2才の時までです。

ハゲも私も仕事があったので、仕事中はババアに子供の面倒を見て貰っていたのですが、
ある日、ババアが

「アンタ達には育てられないから!」と訳の判らない事を言い出し、仕事が終わっても子供を返してくれなくなりました。

子供に会えるのは休みの日だけです。
しかも

「お母さんの作ったものは食べちゃダメ」
「お母さんの買った服は着ちゃダメ」

と子供に云っていたらしく、
「お母さんの作ったごはんは不味いしお腹こわすからおばあちゃんが食べちゃダメだって言ってた」
「お母さんの買ったものなんか着るなって」
と子供に云われ愕然としました。

しかもババアは自分が無理矢理子供をとったと云うのに


「あの夫婦は子供もマトモに育てられなくて、押し付けていった」などと保育所や近所に吹聴していたのです。

※つづく
















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拍手[2回]

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前回の記事に暖かい拍手コメントを寄せて下さった方々、ありがとうございます。
嬉しくて不覚にも泣くところでした。
本当に私は人の善意や思いやりといったものに飢えているんだな。と実感しました。

* *  * * *

さて、
「そんなに酷ければメンタル系のクリニックに行けばいいのに」

と、思うのですが、躊躇している訳は以前書いた
精神疾患に理解と知識が無い土地柄
と云う事ばかりでは無く

実は私、ハゲと結婚するかなり前に鬱病を患った事がありまして、

自分で調べて探した精神病院が


頭が完全にあっち側にイッちゃってる人を外界から隔離する為の施設

だったんです。
つまり、痴呆症やら重度のアルコール依存性で脳がやられてる人とか……

まあ、入った途端に“間違った感”はありましたが、藁にもすがる思いで診察して貰いました。

幸いにもそこの医師はいい人で、親身になって問診してくれましたし、薬も出してくれましたし
「薬が無くなる1週間後くらいにまた来てください」
と、云ってくれました。

……なんだ、普通の病院と同じだ。勇気を持って受診してみて良かった……

と思ったんですが

2回目に行った時、職員達が

「ねえ、あの人面会?」
「患者なんだってさ、鬱なんだってー」
「鬱ー?あはは」

などと私のことを嗤っているのがカンに触りまして、その日を最後に行かなくなりました。

一言、
「あのね、ここはそういった“治る可能性の高いちょっとした鬱病程度”の人の来る病院じゃなくて、“もう人としてやっていけない人”の為の施設なの。悪いけど他に行ってくれる?」
と、云ってくれればいいものを。

しかし、抗鬱剤は効いているような気がするので
何とか薬だけでも貰えないものか?と、病院を探していたら
結構遠かったんですが、個人医院を見つけました。

建てたばかりのような新しくて綺麗なこじんまりとした建物だし、何と云っても個人医院ですから、最初に行った病院とは全く違う、それこそ“ちょっとした鬱病程度の人”でも快く受け入れてくれる病院のような気がしました。

受け付けの人の対応も普通の個人病院と同じでしたし、最初の病院のように患者を遠巻きに見て嗤う等と云う失礼な事はしません。

すっかり安心して診察室に入ると……

医者が怪訝な顔で私を睨んでいます。
「何?何処が悪いの?」
「え……かなり前から鬱っぽくて」
「鬱?気のせいじゃないの?」

はあ?

え……と、ここ、精神科ですよね?
先生、精神科の専門医ですよね?

と、云う言葉をぐっと呑み込み、問診を受けましたが、

「アンタ、
頑張りが足りないんだよ」
「そんなんじゃ
この先生きていけないよ
「兎に角
頑張りなさいよ

あー……

これを読んでる皆さんならお分かりでしょうが、鬱病の人に
頑張れは禁句なんですよね。
それを医者が云うなんて。

怒りよりもクエスチョンマークが次から次へと湧き出てきます。

その医者の印象を解りやすく云うと、

医師免許とったんだから開業しろと回りがウルサイから取り敢えず誰も来ないような“精神科”の看板出したのに患者がやって来ちゃってイライラしている高学歴ニート

って感じです。

取り敢えず薬は貰えたのでよしとして病院を後にしましたが、

何だか


鬱を治す為に病院へ行ったのに、病院に行く度に鬱が酷くなる。

ので、通院は止めました。


思えば、私が得た“精神科”の情報やイメージは東京などの都市部などメンタル系疾患に理解や知識がある地方のものです。
それを青森(当時は青森に住んでた)の超ド田舎に当て嵌めようとした私が無茶だったんです。

で、今住んでいる岩手県南部も青森に負けず劣らずド田舎なので、例え“精神科”“心療内科”“メンタルクリニック”などの看板を見ても信用出来ないんです。


因みに、その時の鬱は
営業の仕事を辞めたり、性格の合わない友達との付き合いを止める事によって治りました。

後天性の精神疾患は通院や投薬よりも
原因を絶てば治る
というのが私の持論です。

て、事はカサンドラ症候群も

ハゲと離婚すれば治る

ハゲとババアが死ねば治る

と云う答えが導き出せます。

……( ̄▽ ̄;)



いや、でも
本当に良い病院があれば行ってみたいって気持ちはあります。


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“ゲシュタルト崩壊”って知ってますか?

簡単に云うと、
例えば平仮名の“あ”を紙に書いてみる。

書いたそれは紛れもなく“あ”ですね。

では、その“あ”を
もっと沢山書いてみましょう。小学生の時にやった、漢字の書き取りみたいに。
“あ”だけです。
他の文字を書いたり文章にしたりしてはいけません。

10個や20個ならまだ大丈夫だとおもいますが、50個60個と書いているうちに何だか変な感覚になりませんか?

延々と“あ”だけを書いていると

それが文字だと云う事を忘れてきます。

機械的に紙の上にペンのインクをなすりつける作業になっていきます。


そしてふと、

あれ?“あ”ってこれで良かったんだろうか?

ところで私はなんでこんな事をやってるんだろう?


なんて思ったりします。



それが文字ではなく“人生”で


私は何をやってるんだろう?

となってしまうのです。



私なりに頑張ったつもりだけど、こんな詰まんない人生になってしまった。

等と思い始めます。

では、意義のある人生ってどんなのだろう?

と考えます。

お金が在って綺麗な大きな家に住んで、良い暮らしをしている。
配偶者や子供から愛され慕われて
友達も沢山いる

或いは
好きな分野で大成功を収め、連日テレビや新聞では自分の話題ばかり、人気も出て地位や名誉も手にした

……なんて考えたりしますね。

でも人生にゲシュタルト崩壊を起こしたカサンドラ症候群の私は
その考えを


でもどうせ死んじゃうんだし。


で、締めくくってしまいます。

そりゃ、金持ちにでも貧乏人にでも、有名人にでも凡人にでも
死は必ず訪れます。
当たり前過ぎる程の当たり前の事です。

でも何をするにも
どうせ死んじゃうんだし
と考えてしまって、寂しいと云うか、辛いというか、怖いというか

勿論、「何でそう思ってしまうんだろう?誰も死ぬ事を考えて生きてなんかいない。どうせ死んじゃうんだしなんて考えていたら何も出来ない。何も楽しくない」

と思ってはみました。
でも


こんなに働いてお金を稼いでもどうせ死んじゃうんだし

娘も遠くに嫁にいっちゃったし、せめて離れ離れになった息子と暮らしたいな……でもいいか、どうせ死んじゃうんだし

へえ、○○さんの若夫婦に赤ちゃんが産まれたの?おめでとう。でもどうせ死んじゃうのにね。

勿論口には出しませんが、

どうせ死んじゃうんだし、何をやっても無駄

と云う思いが絶えずつきまとうのです。


人生は死ぬまでの暇潰し


ならば、何故その“暇潰し”がこんなに辛いのだろう?
そもそも、どうせ死んじゃうのに何故産まれて来てたんだろう?

死んだ後に何か良いことがあるのか?
でも、死んだら何もない。死後の世界や天国や地獄は人間の妄想が造り出したもの。

ゴミのように産まれて
ゴミのように死んでいくんだ、
万物の霊長なんて威張り腐っていても
人間なんて只のゴミ
じゃん。


……此処まで読んで下さった皆さんは
私に何が欠けているのかお気付きですね?

お金があれば大切な家族に裕福な暮らしをさせてあげられる。幸せに笑ってる顔をいつも見たいからがんばろう。

やっぱりね、自分の大切な人といたいからね。それだけで幸せじゃない?

赤ちゃんは愛の結晶だからね。お二人益々幸せで、見てるこっちまで幸せになってくるよ。


配偶者や子供を遺して死んでしまうのは嫌だ。きっと悲しむから。


そうです。私には“愛”というものがいつの間にか欠落していたんです。


人間には“愛”というものがあってそれがあるだけで人生は意味のあるものになる。

配偶者や子供や親に対する“愛”は勿論、仕事や物事に対する“愛”。

人生が辛くて
機械的に生活しているうちに“愛”をどこかに落っことしてしまった事に気付かずにいたんです。

“愛”の無い世界に生きている。

それは物凄い
恐怖
です。

私を誰も愛してくれていない。
私は何も愛していない。

本当に、気が狂いそうでした。
いえ、もう既に狂っているのかもしれません。

こんな怖い世界で生きていたくない。
でも死ぬのは怖い
だったらいっそ自分から死んでしまおうか?

死ぬのが怖いくせに
死んでしまおうか?
なんて、矛盾していますが、この時は本気でそう思っていました。

この辛さ、アスペルガー症候群の夫に話しても判って貰えないでしょうし、
一人で死に方を模索する毎日が続きました。



* * * * * *



そんなある日、
なんとなくスマホでアスペルガー症候群について検索していた私は
見慣れない言葉を目にします。

【カサンドラ症候群】

「アスペルガーを検索しているのに、何でこんな関係無い言葉が出てくるのだろう?」

と、思い、記事のひとつをクリックしてみました。

もしかしたら、神様はいるのかもしれません。
その記事を読んだ途端、パズルのピースが嵌まったように、
私のこの状態の原因が瞬時にして理解出来ました。

それまで、夫がアスペなのを知っていても、私のこの状態がそれと関連するものとは夢にも思っていなかったのです。

原因が判っただけで、治る訳ではありませんでしたが、取りあえず、


これは病気で、しかも原因はダンナに有ったんだ!
だったら私が死ぬのはオカシイじゃないか!


怒りと共に少々ばかり
正常な思考が戻って来ました。

このブログを立ち上げる、数日前の話です。
もし私が【カサンドラ症候群】についての記事をクリックしなければ、
このブログは無かったかも……と云うより


私はこの世から去っていました。




ご清聴ありがとうございました。








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私、以前は
かなりよく喋るオバちゃんでした。

楽しくても喋るし
何か嫌な事を云われたら倍返しどころか10倍返しぐらい言い返しましたし、
お喋りの輪の中に居ないと気がすまない、喋らないとストレス溜まって死ぬんじゃないか?って程よく喋りました。

ところがハゲと結婚してから

自分の話は聞いてもらえない。
云ってもスルーされるか話題を変えられる。
意見は合ってるのに何故か議論になる。


話をするだけ無駄ですし、何だか凄く悲しくなってくる。

昔営業の仕事をやってた事もあって、
自分は話上手の聞き上手だと思っていたんですが、

私は自分が思う程話上手でも聞き上手でもないのかもしれない。

と、思うようになってしまいました。

それでも、それは家や近所でだけで、仕事では相変わらずよく喋りました。
新人に仕事を教えなければならないし、仕事仲間に指示もださなきゃなりません。
現場の人にも仕事に差し支えない程度に世間話でもして良い印象を与えるよう努めてました。

たぶん、私の回りにアスペルガー症候群の人が夫だけだったら、今でも職場限定で“お喋りオバちゃん”と云われていたと思います。

しかし、居たんです。

職場にもアスペが。

アスペの程度の酷い人
○マヤさんの話はこちらのブログでも書いた事があるんですが、

それとは違う別の人……仮に
S子さんとしておきましょうか。

歳は私より20歳近く年上でしたが、この業種ではまだ女性は珍しいので、現場が同じになると必ず私に絡んできました。
あくまでフレンドリーに、友達として絡みたかったのでしょう。

勿論、当時はアスペルガー症候群なんて言葉も病名も知りません。

私はS子さんの事を

単にトンチンカンな事ばかり云って職場を混乱させる天然の人

と思っていました。

若い人なら“天然”も可愛いものですが、始めて会った時点で“オバちゃん”と云うより“オバアちゃん”と云う方が相応しい年齢でしたので、ずっと男性と同じ仕事をしてきた私は

女ってメンドクセ!

と、思っていました。

しかし今思えば
メンドクサイのはS子さんであって
世の女性はこれほどメンドクサくも天然でもない筈です。

トンチンカンな事を自分のペースでお喋りしているS子さんを、ある現場の人達は疎ましく思うようになってしまいました。

そんなある日、S子さんは現場であり得ないようなミスをしました。

それを現場の人や私が注意すると


「えっ?それって私のせい?」
「私のせいなの?」
「私が悪いの?」
「悪いのは私なの?」


と、繰り返すばかりで話になりません。
勿論、S子さんがミスしたのはS子さんのせいであって、S子さんが良いか悪いかと云えば悪い訳です。

何も悪くない人に注意したりしません。

全然話にならなくて現場の人が飽きれる前に私が飽きれました。

その日のうちに
会社に、この現場からS子さんを外して貰うように頼みました。

上司は
「何があったの?」

と訊きますが、一から説明する気にもなれなくて

「S子さん、重機に体当りしたんですよ

とだけ云いました。

これがどんなに危険な事なのか、旦那様やお父様が建設関係の仕事をしているという方は聞いてみてください。

しかし、その事自体は
現場の方たちは激怒していましたが、
私は、幸い誰も怪我をしていないので平謝りして許して貰う手もある。と思ってました。

問題なのは注意した後のS子さんの言動です。

「えっ?それって私のせい?」
「私のせいなの?」
「私が悪いの?」
「悪いのは私なの?」



……その言葉で時を止めてしまうから、平謝りまで持ち込めない。

というかすっかり私はS子さんの思考回路が恐ろしくなり

もう係わりたくない。と思ってしまいました。


そして、この件で


女は歳を取るとオカシクなる。
歳を取った女の話はトンチンカンだから皆に嫌われる。


と、間違った定義を確立してしまいました。


きっと私もトンチンカンな事を知らず知らずのうちに云っているかもしれない。

新人の物覚えが悪いのは、私がオカシな事云ってるから訳が解らないからに違いない。

そして

「私は歳を取ったからみんなに嫌われているに違いない」


と思い、

職場でも必要最低限の事しか話さないようになりました。


で、今日、

そんな私を気味悪く思ったのでしょう。

ちょっとしたミスを口実に今日まで行ってた現場を外されました。

そりゃー
何も云わないババアがいたら気味悪くて仕方ないでしょう。

トンチンカンな事を云うのも問題ですが、
何も喋らないのは問題以前に気味が悪い。


いつまでもS子さんの呪いを引き摺っていても得をするどころか損をするばかりです。

私はアスペじゃないから、S子みたいにトンチンカンな事は云わない。

それに

ババアはウルサイものと昔から相場がきまってるんだ!てやんでぃ!

と、思って
多少的外れでも頑張って喋るようにする事にします。



















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